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龍潭寺をより楽しむための3つの記事②

  • 2017年3月18日
  • 読了時間: 2分

こんにちは。

R87松野です。

龍潭寺といえば美しい庭園をイメージする方も多いと思います。

しかし、龍潭寺にはまだまだすばらしいスポットがあるのです!

梛の木です!

 井伊家24代井伊直政(幼名虎松)幼少の頃、井伊家の安泰を念じて植えられた神木です。

 1560年(永禄年間)当時の井伊家は、22代直盛の戦死、23代直親が誅殺され、家老小野但馬の謀反など受難の時期だった。直政母子は龍潭寺松岳院に身を寄せ、お地蔵さまを祀りその傍らに「梛の木」を植えて我が子の安泰を日々念じたといわれる。

 「なぎ」は風や波が穏やかになる例えで、昔から厄除け災難が収まるともいわれている。

・樹種:いぬまき科の常緑高木

・樹齢:400年(推定)

・樹高:19m

・幹周:2.67m(直径85㎝)

龍潭寺説明

虎松の安泰を念じて植えられた神木です。大河ドラマでも登場するのでしょうか?楽しみです。

さらに

梛の木の横に「子育て地蔵」があります。

子育て地蔵-虎松の無事成長祈願仏-

 戦国末期徳川軍団筆頭となり。彦根18万石城主に出世した井伊直政は、幼名を虎松といった。虎松は幼少の頃、井伊谷(いいのや)で実に苦難の道をたどる。

 永禄5年(1562)虎松2歳の時、父直親は今川氏真の手により、掛川城下で殺される。虎松も殺す命令が出るが、家老新野佐馬助の助命嘆願で救われた。この事件以後、井伊氏は存亡の危機を迎える。

 永禄6年20代直平出陣の途中急死、翌年井伊城代家老中野信濃守が引馬城攻めで戦死する。そしてついに永禄11年(1568)秋、虎松8歳の時、井伊領を家老小野但馬が横領する。

 この時期虎松母子は、祖母・叔母に保護され龍潭寺内松岳院に身を寄せていた。直政の母お地蔵さまを造り、密かに境内に祀り、その傍らに神木「梛(なぎ)」を植え、我が子の安泰を日々念じていた。

 永禄11年12月徳川家康が侵攻、井伊領を占拠する。危機を察知、南渓和尚は虎松を鳳来寺に預ける。無事にたくましく成長した虎松は天正3年(1575)15歳で家康に出仕、見事に井伊家を再興した。

龍潭寺説明

梛の木の「なぎ」は、風や波が穏やかになるたとえで、昔から厄除け災難がおさまると特に船乗りが信仰していたそうです。

梛の葉をお守り代わりにお守り袋に入れて、武士が戦場で兜や鎧に付けたとも伝えられているようです。

葉脈が縦方向にしかないため、葉が切れにくいため、男女の縁・親子の縁が切れないようにと願い、梛の葉は縁結びのお守りとしても利用されていました。

梛の木と子育て地蔵、、、井伊家の虎松への強い思いが伝わってきますね。

龍潭寺なぎの木-次郎法師と虎松-


 
 
 

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